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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)22号 判決

原告 久保井銀太

被告 栃木県選挙管理委員会

補助参加人 矢沢高佳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の請求の趣旨と請求の原因

(請求の趣旨)

「昭和三〇年四月三〇日実施せられた氏家町町長選挙における選挙無効の異議申立を却下した氏家町選挙管理委員会の決定に対する訴願に対して、被告が昭和三〇年八月二九日附でした訴願棄却の裁決を取消す。右選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める。

(請求の原因)

(一)、原告は氏家町選挙人名簿に登録されている選挙人であつて昭和三〇年四月三〇日施行せられた氏家町長選挙の開票立会人であつた。

(二)、右選挙の開票の結果、被告補助参加人矢沢高佳が五、八五六票で当選し、訴外黒崎市三郎は四〇一二票で落選した。

(三)、しかし右選挙については、次のような選挙の公正を害する数々の不正行為が行われた。

1、開票は同夜午後八時から開始されたが、原告は開票立会人として、開票管理者増形監物と共に、各投票所から運搬された投票箱につき点検したところ、松山投票所、押上投票所、穀町投票所、狭間田投票所の各投票箱には、いずれも封印をした形跡が全くなく、また柿木沢投票所の投票箱にはただ捺印をした白紙を一カ所に貼付しただけで、社会通念上封印とは認められないので、原告は当時直ちに開票管理者に対して異議を述べた。投票箱に封印または施錠がないことが直ちに選挙の無効を来すものでない旨は、従来の判例の示すところであるが、本件の場合は、ただ投票箱の封印が不完全であつたというだけでなく、後に記載の、代理投票を不正に悪用したこと等ともからんで、多数の投票用紙が不正に投入されたことが疑われるのであり、選挙の公正を疑うに足る顕著な事由があるのである。

2、新町投票所においては、投票箱閉鎖後開票前、午後六時一五分頃、投票管理者において不在投票を入れ忘れたと称して、投票箱の施錠を開け、不正に多数の投票用紙を投入した。また狭間田投票所では、投票箱閉鎖後一旦封印したが、開票前右封印を破つて投票箱の蓋を開けたことが明らかであり、その間右同様の不正投票がされたことが推定される。

3、開票は原告の異議にも拘らず午後八時三〇分頃から開始されたが、矢沢高佳に対する有効投票中に同一人の筆跡と推定されるものが、各綴(一綴五〇票)中必ず数枚以上散見されたので、原告は大いに驚き、特に精密に点検したところ益々その数が続出した。よつて原告は投票に重大な不正があつたものと断定し、開票立会人としての候補者の得票確認の捺印を拒んだ。要するに、前記のように投票箱の封印をせず、投票箱閉鎖後開票前投票箱を開け、予め「矢沢高佳」と記載しておいた不正な投票用紙を投入しておいて、開票に当つて「黒崎市三郎」なる正当な投票用紙を同数だけ引き抜いたものと推定できる。なお、開票中午後八時五〇分頃、故意に開票所の電気スイツチが切られ、このため約三〇秒停電した。

4、代理投票について

(1)、矢沢高佳派においては投票日二日位前に既に代理投票において勝算ありといつていた程であり、代理投票を不正に悪用したことが窺われるのであつて、代理投票に当つては殆んど法令の定める立会人が附せられず、当該事務従事者により、全く本人の意思を聞かず、またはその意思を無視して「矢沢高佳」と記載し投票されたものが多数であるが、特に例示すれば次の如きものがある。

(イ)、狭間田投票所において選挙人手塚イワ(当七四歳)の代理投票に際し、事務従事者川岸栄一は本人の意思を聞かず「矢沢高佳」と記載して投票した。即ち本人はまだ投票すべき候補者の氏名を告げない間に右川岸が投票してしまつたので、驚いて質したところ矢沢に投票したと告げられ唖然とした。

(ロ)、氏家町第二投票所における選挙人大島シマ(当六九歳)、桜野投票所における選挙人中野クマ(当九〇歳)の場合も、いずれも右同様事務従事者が全く本人の意思を聞かずに投票してしまい、後に矢沢高佳に投票したと告げられた。

(2)、氏家町選挙管理委員会は投票立会人の選任につき、狭間田投票所の小野義熊を除く外は悉く矢沢高佳派に属する者より選任している。右小野も同人の兄が矢沢派であつたため同様に矢沢派と誤信せられて選任されたまでである。

そして右のように偶々矢沢派と誤信せられて、公平な小野義熊が投票立会人に選任されたため、代理投票事務従事者川岸が前記手塚イワの意思を無視しその地位を濫用して、矢沢高佳に代理投票したことが明らかになつたのである。

そして右の如きは氷山の一角にすぎず、完全に矢沢派で固められた投票管理状況において、右の如き不正投票が多数為されたことが推定されるのである。

(3)、本件選挙において代理投票の行われた数を各投票所別に見れば次の通りである。

投票所

投票者数

代理投票者数

比率

柿木沢

四二八

一一

二・六%

箱森

四六七

二四

五・一%

松山

六七〇

二四

三・六%

根本

三一〇

一〇

三・二%

狭間田

六二四

二三

三・七%

大野

四四〇

一五

三・五%

蒲須坂

五八〇

二四

四・一%

桜野

一、一二四

二六

二・三%

穀町

一、二六〇

一九

一・五%

栄町

八七〇

四四

五・一%

馬場

一、一四〇

四九

四・三%

新町

一、三五二

二六

一・九%

押上

八六三

六四

七・四%

(4)、押上投票所における代理投票

右表によつて明らかなように全投票者に対する代理投票者の比率の一番高いのが押上投票所であつて、この投票所の管内に当選人矢沢高佳及び同投票所の投票管理者桜井重忠の住居がある。

(イ)、桜井重忠の代理投票

桜井重忠は右記載のように押上投票所の投票管理者である。然るに同人は、開票所においては原告よりの質問に対し多勢の前で、代理投票はしていない旨を言明したのであるが、本件訴訟となるや三票の代理投票をした旨証言し、しかも鑑定の結果によれば、葭田鑑定人の鑑定だけによつても計一一票(原告の準備書面における主張では計一二票となつているが、右準備書面の記載では甲第四二号証の二が二重に記載せられた結果合計を一二票としたもので、正確には一一票とすべきを誤記したものと認める。)が同人の筆跡であるというのである。

代理投票を為し得る者は、公職選挙法第四八条第二項により、投票管理者が投票立会人の意見を聴いて投票の補助を為すべき者と定めた者に限ることは同法条の解釈として明らかである。そして投票管理者が自己を投票補助者として指定することができるか否かは右法条の解釈上疑義があるが、そのような指定をしないで、投票管理者という地位だけで当然に代理投票をすることができないこともまた明らかである。然るに投票録(甲第九六号証)によれば押上投票所の代理投票補助者として指定されているのは杉山愿正、小池佳夫の二名だけであつて、桜井重忠は指定されていないのであり、同人が代理投票をした旨の記載がない。

従つて桜井重忠は、自ら認めているものだけでも三票、鑑定の結果によれば一一票を不正に代理投票したものである。

(ロ)、杉山愿正の代理投票

杉山愿正は五十五、六票の代理投票をし、内五、六票は黒崎市三郎であつた旨証言している。従つて約五〇票が矢沢高佳に代理投票せられたことが推定されるのであり、葭田鑑定人の鑑定の結果によれば計五二票が杉山の筆跡と同一であるというのである。杉山の証言と鑑定の結果は、数字的にはほぼ一致するようであるが、鑑定を求めた投票用紙は極めて短時間の内に多数の投票用紙の中から、原告が素人判断で類似していると思つたものを選り出したものであり、僅か一部の投票用紙中からこのような同一筆跡のものが見出された程であるから、全投票用紙を仔細に検討すれば更に多数のものが発見されることが推定できる。

(ハ)、杉山愿正は小池佳夫も三、四票の代理投票をした旨証言しているが、同じく補助者に指定されながら、杉山だけが大部分を書き、小池が僅かに三、四票しか書かないということ自体不合理であつて、信用のできない証言であるが、仮りにその通りであつたとしても、右証言及び鑑定の結果等から総合すれば、押上投票所において代理投票されたものは、桜井によるもの一一票、杉山が矢沢高佳と書いたもの五二票、黒崎市三郎と書いたもの五、六票、小池によるもの三、四票合計七十二、三票となる。

前記のように極く一部分の投票用紙を抽出して鑑定しただけであるが、それに基いて計算しても右のように投票録に記載された代理投票数を遥かに上回ることになるばかりでなく、矢沢高佳の住居する投票区の住民だけが他の投票区の住民より特に、無筆者が多く、代理投票者が最高を占めるということは納得のゆかぬところである。

また杉山愿正の代理投票中五、六票が黒崎市三郎、約五〇票が矢沢高佳であつたということは杉山の証言から引き出される結論であるが(事実は全部矢沢に代理投票されたものと推定されるのであるが、仮に右証言の通りであつたとしても)、代理投票の九割までが矢沢高佳であつたなどということは、当時勢力伯中するものと予想され、従つて苛烈な両派の選挙戦が展開された右選挙においては、常識上あり得ないところであつて、結局前記手塚イワの場合のように、また大島シマの場合のように、不正な代理投票が行われたものと推定されるのである。

(5)、代理投票者が第二位に多いのは箱森投票所と栄町投票所の各五・一%である。箱森投票所は農村地区であるが、栄町投票所は、町はずれにせよ、氏家町市街地区にあつて、住民は商人勤め人農民等であり、特に無筆者が多いなどという特殊事情は全くない。この投票所は黒崎という名前を思い出そうと考えている間に矢沢ですねと書かれてしまつた旨証言している大島シマが代理投票を依頼したところである。このような地区において、かように代理投票者が多いことは、大島シマの証言等よりしても、不正に代理投票がされたことが推定される。

(6)、以上の事実はいずれも選挙の規定に違反するは勿論、選挙の結果に異動を及ぼす虞れ十分である。例えば前記桜井重忠が投票補助者でないのに代理投票をしたようなことは、その票数の多少に拘らず、著しく選挙の公正を害するものといわねばならない。即ち公正なる投票の管理をなすべき職務を有する投票管理者自身が、選挙法規を無視して代理投票を敢てするが如きは、選挙の公正を疑うに足るものであつて、この一事を以てしても本件町長選挙は無効であると思料する。要するに、公職選挙法第二〇五条にいう選挙の結果に異動を及ぼす虞れとは、形式的に票数の計算において判断せらるべきでなく、選挙の管理が著しく不公正であつて、若し正当な選挙管理がされたならば別な結果が生じたであろうと推定される場合をいうのであり、この見地からすれば右桜井重忠の代理投票は、選挙の公正を害すること大であつて、本件選挙の無効を招来するものというべきである。

5、なお本件選挙に際しては矢沢高佳に投票せしめんとして数々の脅迫が行われたが、一例をあげれば次の如きものがある。

(1)、田代与作が四月二七日矢沢高佳の選挙事務所前を通行したところ、同事務所より飛び出して来た数名の者に取囲まれ、「お前は黒崎市三郎の運動員だろう。許さないぞ」と今にも殴りかからんとの気勢を示して脅迫された。

(2)、鈴木正司宅に四月三〇日未明長谷川と書いてある提灯を持つた者が来訪し、「今日の選挙に矢沢高佳に投票しなければただではおかぬぞ」と脅迫した。

6、志茂田精、志茂田アキヨは投票しなかつたのに、何人かが同人の名において投票した。なおかかる事例は相当数に上る見込である。

(四)、以上の如き諸事実より見れば、代理投票は職権を濫用し選挙人の意思を無視して殆んど矢沢高佳に投票されたのみならず、予め矢沢高佳と記入した投票用紙を投票箱に投入しおき、開票に当りその不法に投入した矢沢の票数に相当するものを黒崎市三郎の票数より抜き取つたものと推定される。民主主義下における選挙において、衆人環視の下に、このような不正が行われるとは、常識上考えられないところであるが、数十年来牢固たる地歩を築いて来た氏家町におけるボス勢力の支配力は、正に常識を超えたものであり、前記のような疑いも十分これを為し得るのである。それなればこそ原告は、開票事務従事者の間隔をおくことを要求したり、またオーバーをぬぐことを要求したり、万全の注意を払つた筈であつたが、開票中に停電等の事故は到底良く防ぎ得なかつたのである。

その他矢沢高佳派においては、その当選を期し、暴力を以て選挙人を脅迫までしているのである。

以上の事実を総合して、本件氏家町長選挙は自由公正なる選挙管理下に施行されたものとは認め難く、選挙の結果に異動を及ぼす虞れ十分であつて、選挙全体が無効というべきである。

(五)、原告は昭和三〇年五月九日氏家町選挙管理委員会に対し、右選挙の効力及び当選の効力に関し異議の申立をしたが、同委員会は同月一四日右異議申立を棄却する決定をした。勿論原告は右決定を不服として同月一七日被告に訴願をしたが、被告また同年八月二九日該訴願を棄却する旨裁決し、該裁決書は同月三〇日原告に交付された。

(六)、しかし氏家町は伝統的にボスが強力な権勢を振つて来たところで、従来選挙毎に幾多の不正行為が行われて来たのであつて、開票中停電することが慣例のようになつている状態で、今回の町長選挙に当つても、民主主義下に信ずることのできないような前記の如き数々の選挙の公正を害する不法行為が行われたのに、被告は予断を抱いて、十分な調査をせず、右のような裁決をしたのは不当であるから本訴に及んだものである。

二、被告の答弁

(答弁の趣旨)

主文と同趣旨の判決を求める。

(事実上の答弁)

(一)、原告主張事実のうち、原告が昭和三〇年四月三〇日行われた氏家町長選挙の選挙人であること及び原告の請求原因の(二)並に(五)において主張せられる事実はいずれもこれを認めるが、その他の原告主張事実は全部これを否認する。

(二)、原告は右選挙の開票立会人ではなく、選挙立会人として、同日午後七時三〇分に開会された右選挙の選挙会に立会つた者である。

(三)、右選挙については、原告主張のような選挙の公正を害する数々の不正行為が行われた事実はない。

1、原告主張の松山投票所、押上投票所、穀町投票所、狭間田投票所及び柿木沢投票所の投票箱に封印をしなかつたという事実はない。

(1)、松山投票所の投票箱については、投票箱の外蓋の鍵のない二面に紙で封をし糊付けして投票管理者及び投票立会人がこの紙と投票箱の板にかけて割印をした。

(2)、押上投票所の投票箱については、投票箱の四面に紙で封をし糊付して、右同様の人が同様な方法で割印をした。

(3)、穀町投票所の投票箱については、投票箱の外蓋の鍵のない二面に紙で封をし糊付して、同様の人がこの紙の中央に押印をした。

(4)、狭間田投票所の投票箱については、(1)の松山投票所の場合と同様である。

(5)、柿木沢投票所の投票箱については、(2)の押上投票所の場合と同様である。

2、新町投票所及び狭間田投票所において、投票箱閉鎖後これを開披した事実はなく、従つて不正に多数の投票用紙を投票箱に投入した事実もない。ただ新町投票所においては仮投票用封筒を取り出すために、町長選挙と同時に執行した町議会議員選挙の投票箱を開披した事実はある。

3、本件選挙における代理投票の数は合計三五九票であつて、これらは一三ケ所の投票所において四一人の補助者によつて為されたのであるから、同一筆跡の投票のあることは当然である。そして同一補助者が取り扱つた代理投票の最高数は六四票であるから、最高六四票の同一筆跡の投票のあることが推定できるのであるが、原告主張のように、同一筆跡の投票が「続出」する程度に存在したという事実はない。

原告の主張する、投票箱に封印をせず、投票箱閉鎖後開票前に投票箱を開け、予め「矢沢高佳」と記載しておいた不正な投票用紙を投入しておいて、開票に当つて「黒崎市三郎」の正当な投票を同数だけ引き抜いたという事実はない。即ち、

(1)、投票箱閉鎖後、投票箱は警察官護衛の上選挙会場に送致し、選挙会場においては、選挙会開会まで投票箱の護送に当つた警察官が投票箱の監視に当つたのであつて、この間、何等の事故もなく、開票前に投票箱を開披した事実はない。

(2)、選挙会は午後七時三〇分に開会されたが、開票中において投票の取り扱いには何等の不正もなく、投票を引き抜いたという事実はない。

(3)、投票用紙は一〇、六〇〇枚印刷し、すべて氏家町役場において氏家町選挙管理委員会の印を押した上、各投票所の投票管理者に合計一〇、四八〇枚を配布し、投票当日は投票所において、一〇、〇一〇枚を選挙人に交付した。また、不在者投票用として選挙人に交付した枚数は一一八枚である。従つて、選挙人に交付した投票用紙の枚数は、総数一〇、一二八枚となる。選挙会の結果は、投票総数一〇、一二九票、内有効投票数九、八六八票、無効投票数二六一票(内一票は町議会議員選挙投票用紙)であり、投票用紙の残数は四七二枚であるから、町長選挙の投票用紙の使用枚数と残数の合計は一〇、六〇〇枚となり、その印刷枚数と符合しており、残部の投票用紙の中に、候補者黒崎市三郎の正当な投票はないのであるから、投票用紙が不正に取り扱われたという事実はなく、従つて、投票を入れ替えたことはない。

(4)、選挙会場においては、午後八時頃、電灯の光が瞬間鈍つたか、或いは点滅したということはあつたが、原告主張のように約三〇秒停電したという事実はない。なお、選挙会場には、常に三〇〇燭光のカーバイトランプを二台点灯していたのであるから、選挙会事務に支障を生じたこともなく、この間に不正が行われたという事実もない。

4、(1)、代理投票の補助者が、選挙人の意思に反して投票したという事実は、投票の秘密が憲法第一五条及び公職選挙法第五二条によつて保障されているのであるから、原告がこれを主張することは違法である。

代理投票は、すべて適法に定められた二人の補助者によつて行われており、原告主張のように立会人を附さなかつたような事実はない。

(2)、鑑定人飯田太吉の鑑定の結果は、各鑑定書の内容において関連性が乏しく、更に、一の筆跡を二人の筆者の筆跡に該当するものと認めていること等が散見されるために、同一人の筆跡と認められる投票の数が明確でない。

(3)、鑑定人葭田真齊の鑑定の結果によれば、同一人の筆跡と認められる投票用紙の数は次のようになる。即ち桜井重忠の筆跡と認められるもの一一票、小林通のもの四票、坂本清のもの一二票、杉山愿正のもの五一票手塚甲一郎のもの二二票、以上合計一〇〇票である。

しかし右五名の者はすべて本件選挙に当つて、代理投票の補助者として投票の代理記載をしたものであり、その代理記載をした投票の数は、同人等の証言によれば、桜井三票位、小林一七票か一八票、坂本一〇票位、杉山五五票か五六票、手塚五〇票近くというのであるから、投票用紙中に右五名の者の筆跡と認められる投票用紙があることに何の不思議もない。なお、桜井は代理投票の記載をした数は三票位と証言しているのに、右鑑定の結果によれば一一票が同人の筆跡と認められる訳であるが、繁忙を極める投票事務に従事していた者が、その数を明確に記憶していないことは通例である。

そして前記のような同一筆跡の投票があるにしても、不正な投票が行われたことを認めるに足る証拠がない以上、その投票は適法に行われたものと見るべきであり、単に同一筆跡と認められる投票用紙があるということだけでは、選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるということはできない。仮りに前記の同一筆跡と認められる投票用紙が、すべて不正にされた投票であるとしても、候補者矢沢高佳と黒崎市三郎の得票数の差からして、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるということはできない。

三、(証拠省略)

理由

一、原告が昭和三〇年四月三〇日に行われた氏家町長選挙の選挙人であること、右選挙の開票の結果被告補助参加人矢沢高佳が五、八五六票で当選し、訴外黒崎市三郎は四、〇一二票で落選したこと、右選挙の効力につき原告主張のような異議の申立、その棄却決定、これに対する訴願及びその訴願棄却の裁決があつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで右選挙につき、原告主張のような選挙の公正を害する不正行為が行われたか否か、またこれが右選挙の効力に影響があるか否かについて検討する。

(一)、投票箱の封印につき

(1)、本件選挙の開票に当り、原告から、投票箱の四、五箇につき、封印がない、または封印と認められぬとの異議が出され、またその四、五箇を原告が差上げて参観人に示した事実のあることは証人伊藤三滝、高野多市、加藤作一郎、須藤盛寛、大田原七郎、湯原康年、増形監物、田口一哉(第一回)、古川巧の各証言及び原告本人の供述を総合してこれを認めるに足りる。しかし当時夜間開票(このことは当事者間に争いがない)の際のことではあり、原告が右投票箱を差上げ参観人に示したことを以て、原告主張の投票箱に全然封印がなかつたことの決定的資料とすることもできないことであり、投票箱の検証の結果に証人小野義熊、高橋新、桜井重忠(第一回)、大島喜一、関市、植木一、増形監物の各証言を総合して考えれば、投票箱に全然封印がなかつたという証人須藤盛寛、加藤作一郎及び原告本人の各供述部分は採用できないところであつて、他に本件投票箱中には全然封印のなかつたものがあるという原告の主張事実を認めるに足る資料はない。

(2)、次に原告は柿木沢投票所の投票箱には、単に捺印をした白紙を一カ所に貼付しただけで、社会通念上封印と認め難いと主張する。そして被告は本件投票箱中に、封印紙と箱の板とにかけての割印がなく、ただ紙の中央に押印しただけのものが一箇あつたことはこれを認めるのであるが、それは穀町投票所のそれであると主張するのであつて、この点についての右原告の主張事実に副う原告本人の供述部分は、証人植木一、大島喜市の各証言に徴し、何かの誤解であると解するのが相当であり、右のような封印(これを封印と認め得るか否かは別とし)をされた投票箱は穀町投票所のそれであつたと認められる。しかしともあれ、本件投票箱中の一箇について、右のような事実のあつたことだけは間違いのないところである。

(3)、しかし投票箱に封印がないとか、或いは不完全であつたことだけをとらえて、選挙の規定に違反するものということはできないのであり(この点は原告自身も同様に解しているようでもある)、ただこれが原告主張のように投票用紙の不正投入の事実と結びつけば、その不正投入の意味において問題となるのであるが、後に認定の代理投票の事実と右封印のこととは何等の関係もないものと認められ、右穀町投票所の投票箱の封印が仮りに不完全であつたにしても、右投票箱その他本件の全投票箱に鍵のかかつていた事実は、原告本人もその供述において認めるところであるし、右封印の不完全の事実から不正投入の事実を推認することもできないところであり、他に本件選挙につき、投票用紙が不正に投入せられた事実は、これを認めるに足る証拠はないのであるから、結局右原告の投票箱の封印に関する主張はこれを採用するの限りではない。

(二)、投票箱の開披について

(1)、原告は、新町投票所においては、投票箱閉鎖後開票前、投票管理者において投票箱の施錠を開け、不正に多数の投票用紙を投入したと主張する。そして証人伊藤三滝、高野多市、高斎昇次、大島四郎、須藤盛寛及び原告本人は、いずれも、右投票所の投票管理者西川善市が投票箱を開けるのを見た、或いはそれを聞いたと供述するのであるが、右証人等中須藤盛寛を除いては、いずれも、右開かれた投票箱が、町長選挙のそれか、町議会議員選挙のそれかは分らぬ、或いは町長選挙のものと思つたと供述するに止まるのであり、須藤盛寛も町長選挙のものと鈴木博から聞いたというにすぎない。そして当の西川善市の証言では、渡辺美枝子の仮投票を本投票に直さんとして、投票箱を開いたことはあるが、それは町議選挙のそれであり、しかも右仮投票を見出すため中をかき回すのは不適当ということになり、そのまま中に手を入れず蓋をした、町長選挙の方も仮投票させたが、この方には全然手をふれなかつたというのであり、また投票中投票箱の中蓋の釘が外れ中蓋が落ちたのでそれを上げたことはあるが、これも町議選挙の方のものであるというのであつて、また証人古川巧の証言では、同人は氏家町長選挙の時、栃木県選挙管理委員会より監視員として同町に派遣されたが、新町投票所で投票箱閉鎖後町議選挙の投票箱を開けるのを見た、投票管理人や投票立会人等は仮投票をしたのを普通の投票にさせるのだとかいつて、中蓋を開けたが、中に手を入れずに一、二分で蓋をして封印をした、私はその時そんなことをしてはまずいと注意した、蓋を開けたのは町会の選挙の方で、町長の方の投票箱は開けなかつたというのであり、右各証言並に供述から考えて、開けたのは町長選挙のものだと聞いたという須藤盛寛の証言自体も相当疑問であるだけでなく、仮りにこれが真実なものとしても、同人が聞いたという鈴木博の言が真実を伝えたものか否か頗る疑問といわざるを得ず、右鈴木の発言の根拠について何等の資料もない本件では、結局本件町長選挙の新町投票所の投票箱が開けられたとの原告主張事実、従つてまた右投票箱を開けて不正に多数の投票用紙を投入したとの原告主張事実は、これを認めるに足る証拠がない。

(2)、原告はまた狭間田投票所において、投票箱閉鎖封印後開票前に封印を破つて投票箱の蓋を開けたと主張するがこの事実を認めるに足る何等の証拠もない。

(三)、(1)、原告はまた開票中、矢沢高佳に対する有効投票中に同一人の筆跡と推定されるものが続出した、これは結局投票箱に封印をせず、投票箱閉鎖後開票前投票箱を開け、予め「矢沢高佳」と記載しておいた不正な投票用紙を投入しおき、開票に当つて、「黒崎市三郎」への正当な投票用紙を同数だけ引き抜いたによる趣旨の主張をする。

矢沢高佳への有効投票中に同一人の筆跡と思われるものが相当数あつた事実は、鑑定人葭田真斎の第一、二回鑑定の結果(鑑定人飯田太吉の鑑定の結果はこれを採用できない。以下同じ。)に照しこれを認めるに足るのであるが、右が代理投票以外の不正な投票用紙の投入によるとの点は何等これを認めるに足る証拠はなく、代理投票の点については後にこれを考える。

そしてまた開票に当つて「黒崎市三郎」への正当な投票用紙を引き抜いた事実もこれを認むべき証拠はない。

(2)、ただ右開票中午後九時前後頃、一時開票場の電灯が消えたことがあることは、証人高斎昇次、田代与作、加藤作一郎、須藤盛寛、増形監物、田口一哉(第一回)、吉沢章、古川巧の各証言及び原告本人の供述に徴しこれを認めることができる。そしてその消燈の続いた時間については、原告本人は約三〇秒というのであるが、或いはこれを一瞬といい(証人田口一哉、吉沢章、古川巧)、或いは四〇秒か一分といい(証人田代与作)、中には五、六分とまでいう人(証人高斎昇次)があつて、これを確定することは相当困難であるが、右各証言及び供述に徴し、ともかくそれほど永い時間でなかつたことは確実であつて、右消灯中もカーバイトのガス灯二個が点されていて、開票事務はそのまま続けられており、右消灯がいたずらかどうか分らないとは原告本人も供述するところであるから、右消灯のことだけから、その間における黒崎への正当票の抜き取りの事実を推認することもできないし、他に右時間中に右抜き取りの事実のあつたことを認めるに足る証拠はない。

そしてまた右消灯のことだけで選挙の規定違反があるということのできないことは論をまたない。

(四)、代理投票について

(1)、原告は本件選挙の代理投票にあつては殆んど法令の定める立会人が附されなかつたと主張する。そして本件選挙の投票区中押上投票所の代理投票については別に問題があるので、この投票所のことについては後に考えることとし、ここでは右以外の投票所について考えてみるのに、成立に争いのない甲第九六号証に証人西川善市、高橋新、大島喜一、関市、植木一、船生一郎、永井兼雄、栗橋清次、黒崎森一、鈴木忠次、手塚次の各証言を総合すれば、本件選挙の前記押上投票所以外の各投票所においては、代理投票の補助者は成規の通りに二人が定められ、その一人が投票用紙に記載をし、他の一人がこれに立会つて代理投票がせられたものであることが認められ、他に右認定を覆すべき証拠はない。

(2)、原告はまた本件選挙の代理投票にあつては、当該事務従事者により、全く本人の意思を聞かず、またはその意思を無視して「矢沢高佳」と記載し投票されたものが多数であると主張し、その例示として三人の選挙人の場合を挙げる。

しかし右のように代理投票の補助者が本人の意思に反した記載をして投票をしたという主張は、選挙人が何人に投票する意思があつたか、補助者がその人を投票用紙に記載したかどうかを審理しなければならないことになるので、投票の秘密を保障した憲法第一五条第四項、公職選挙法第五二条にふれるおそれもあるし、また若し右のような主張が許されるとすれば、その主張をする原告側とすれば、或いは選挙人等から提供される自発的な証拠によつてこの事実を立証することも可能な場合もあるであろうが、その主張を受ける被告側とすれば、その反証中の最も重要なものというべき代理投票の補助者等からの資料は、公職選挙法第二二七条の規定からも、これを得ることが不可能であり、結局原告と対等の立場に立つての訴訟の遂行をすることはできないこととなるのであつて、かようなことは当事者の対等を原則とする民事訴訟(本件のような行政訴訟も同様と解する。)としては、許されないものと解すべきである。

従つて原告の右主張は、その主張事実の有無を問わず、これを排斥するの外はない。

(3)、原告はなお本件選挙の投票立会人について云々するが、原告自身もこれを選挙無効の理由として主張するものではないのかも知れない。ともあれ、同一政党その他政治団体に属する者の三人以上が同一投票区において投票立会人に選任せられたとの事実の主張も立証もない本件にあつては、仮りに原告主張のように本件選挙の選挙立会人が殆んど矢沢派に属する者の中から選任された事実があつたとしても、このことだけで選挙の規定に違反したものということはできない。

(4)、押上投票所における代理投票

本件各投票所における投票者総数、その内の代理投票者の数が、投票録上原告主張の通りとなつていることは成立に争いのない甲第九六号証によつて明らかであり、その代理投票者数の投票者総数に対する比率がほぼ原告主張の通りであることは算数上明らかである。従つて全投票所中代理投票の比率の最も高いのが押上投票所であることもまた明らかであつて、この投票所の管内に当選人である矢沢高佳と同投票所の投票管理者である桜井重忠との住居があることも本件記録に徴してこれを認めることができる。

(イ)、ところで、前示甲第九六号証の投票録によれば、同投票所における代理投票の数は六四票であつて、右はいずれも杉山愿正と小池佳夫とを補助者として行われた旨投票録に記載せられていることが認められるのであるが、杉山愿正は、その証言で、同人が代理投票の補助者となつたのは五十五、六票で、内五、六票が黒崎市三郎へのものであり、同投票所で同人の外に代理投票の補助者となつたのは小池佳夫と桜井重忠とであり、各三、四票の補助をしたというのであつて、鑑定人葭田真斎の第一、二回鑑定の結果によれば、矢沢高佳への投票中右杉山愿正の筆跡と認められるものは五一票であることが認められる。

そこで右投票録における代理投票数六四票中、杉山愿正を主たる補助者としてせられたものは、矢沢高佳へのもの五一票、黒崎市三郎へのもの五、六票、計五十六、七票、外に小池佳夫を主たる補助者とするものが、三、四票、以上合計約六〇票であつて、残約四票が桜井重忠を主たる補助者としてせられたものと一応考えられる。

ところが、証人伊藤三滝、加藤作一郎、須藤盛寛、桜井重忠(第一回)の各証言に原告本人の供述を総合すれば、右桜井重忠は前記の通り押上投票所の投票管理者であつたものであつて、同人は本件選挙の開票の際、原告から、同人自ら右投票所において代理投票の補助をした事実があるか否かを問われたのに対しては、一票もその事実はないと答えたのであるが、その後本訴の証人としては、三票だけその補助をした旨証言するに至つたものであることが認められ、しかも葭田鑑定人の第一、二回鑑定の結果によれば、右桜井の筆跡と同一筆跡と認められる投票が、矢沢高佳への投票において一一枚存在することが認められる。

右桜井重忠の供述変更の模様や鑑定の結果から考え、右鑑定の結果桜井の筆跡と認められる一一票については、見方によつては或いはこれは同人の完全な不正投票であり、同人が擅まに投票用紙に矢沢高佳の氏名を記載して投票箱に投入したのではないかという疑いが生ずる余地がない訳ではない。しかし同人が右のような不正投票をするためには、正規の投票用紙中の一一枚が右のために使用せられるか、或いは正規の用紙以外に右のような不正使用のためにせられる用紙が他に用意せられることが必要であるが、右事実を認むべき何等の証拠もなく、また右のような不正投票のためには、その不正投入の事実と、これに相応する正当投票用紙の抜き取りを必要とするが、右事実を認むべき何等の証拠もないこと前認定の通りである。そして却つて証人田口一哉(第一回)、吉沢章、小山一美の各証言を総合すれば、本件選挙のために印刷用意せられた投票用紙は一〇、六〇〇枚であつて、その使用分と残数とは完全に一致していることが認められるのであるから、右桜井の供述の変化と鑑定の結果とから考え、桜井の筆跡と認められる前記の一一票は、桜井が投票管理者であつた押上投票所において、同人が代理投票の補助をしたことから生じたものであつて、ただ同人は、自己が投票管理者であつて、本来代理投票の補助をすべき立場になかつたのに、これを敢てしたこと等の事情から、右のような供述をするに至つたものと見るのが相当である。

そこで、それでは押上投票所における代理投票の数はこれを何票と認むべきかであるが、この点についての証人杉山愿正の前記証言は、桜井重忠の証言(第一回)の後日にせられたものであることを考慮すれば、或いは投票録の記載と桜井の証言とを矛盾せしめないために、前記のような証言となつたものかとも疑われ、疑問なきを得ないところであるが、若し右証言を真実とすれば、投票録に記載せられた六四票中の約六〇票が杉山及び小池の補助にかかるものであり、外に桜井の補助にかかるものが右の通り一一票で計約七一票となるのであり、若し六四票全部が投票録通り杉山等の補助したものとすれば、これに桜井の一一票を加えた七五票が同投票所における代理投票の総数となる。

右いずれにせよ、投票録の記載は、桜井の補助にかかる一一票について、何等これを記載しないか、または一部これを杉山等の補助にかかるものと記載した点において、脱漏または誤記が存するのであるが、右投票録(甲第九六号証)の記載に桜井重忠(第一回)の証言を総合すれば、右杉山及び小池の補助にかかる代理投票においては、その補助者は右二人であり、その一人が立会人となつたものであることだけはこれを認めることができる。

しかし右桜井の補助にかかる一一票については、他にその立会人があつた事実は何等これを認むべき証拠がないのであり、同人が右投票所の投票管理者でありながら敢て右のような代理投票の補助をした事実と、桜井重忠自身の証言(第一回)によつて認められる、同人が代理投票の補助をしたのは、投票人が多数並んで混雑した場合であつたとの点から考え、同人補助の場合は、立会人もなく同人一人でその事務を執つたものと推認するのが相当である。

(ロ)、原告は矢沢高佳の住居する投票区において代理投票者の数が最高を占めることは納得のゆかないところといい、また杉山愿正の代理投票の九割が矢沢高佳へのものであるとは常識上あり得ないというが、このことだけで選挙無効の原因ありということのできないことは論をまたないところであり、右の結果本人の意思に反した代理投票が行われたことが推定され、この意味での違法があるとの主張の許されないことは前に述べた通りである。

また右押上投票所の投票録において、前記のような脱漏または誤記の存することは前認定の通りであるが、これまた、これ自体をとらえて選挙の効力に影響のある違法があるものということのできないことは言をまたない。

しかし投票管理者は投票に関する事務を担任するもの(公職選挙法第三七条)であり、選挙人の確認その他投票に関する一切の事務の責任者であつて、代理投票にあつては、その申請を受け、投票立会人の意見をきいて、投票補助者を定め、これにその補助をさせる立場にあるものであるから、その職責から考え、自ら代理投票の補助者となることは許されないものと解するのが相当であるから、本件において桜井重忠が前認定のように一一票の代理投票の補助をしたことは許されないところであるだけでなく、右補助にはなお前認定のように立会人を附さなかつた違法がある。

従つて本件矢沢高佳に対する投票中、桜井の補助にかかわる代理投票一一票は無効と解すべきであるが、右程度の瑕疵は、これを以て著しく選挙の公正を害し当然に、選挙の結果に異同を及ぼす虞れがあるものとして、選挙無効の原因となるものとはこれを解することはできない。そして右瑕疵はただ投票の効力の問題として当選無効の原因たるに止まるものと解すべきであるが、仮りにこれを選挙無効の原因となるものと考えるとしても、本件選挙における当選人矢沢高佳と落選人黒崎市三郎との得票差が千八百余票であることから考え、選挙の結果に異同を及ぼす虞れがあるものとは到底これを解することはできない。

(5)、原告が栄町投票所の代理投票について主張している点の理由のないことは、押上投票所の場合につき、前記(4)の(ロ)の第一段において説明したところと同様である。

(五)、脅迫の点

原告主張の田代与作及び鈴木正司に対する脅迫がせられた事実は、証人田代与作及び鈴木正司の各証言に徴しこれを認めるに足るが、他に数々の脅迫が矢沢高佳に投票せしめんとして行われたとの事実はこれを認めるに足る証拠はない。そして右認定程度の脅迫の事実が選挙の効力に影響を及ぼすものとは到底これを解することはできない。

(六)、原告主張の志茂田精、志茂田アキヨ等についての事実は、何等これを認むべき証拠はない。

三、以上これを要するに、本件原告の主張事実のうち、以上に認定し得たところを個々にとらえて見ても、これを以て本件選挙を無効とすることはできないところであるが、更にこれを総合して考えて見ても、右選挙を以て、自由公正なる選挙管理下に施行されたものでなく、選挙の結果に異同を及ぼす虞れのあるものとは、到底これを認めることはできない。

四、よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

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